自由の女神は、誰が勝ってもいいと手を上げてますね(第14回4週目より)

・これだけ直前にならないと、ウルトラクイズに出られるかどうか分からないという状況は、はっきりいって非常識だと思う。「99人の壁」ですら、もっと前に出場可能かどうか分かったのに(それでも年末で交通手段を確保するのに結構困った)。遠方から出場しようとする人間のことを、これっぽっちも考えていない。

 

・「0次予選」もねえ・・・。事前に「勝たせたくない人」を排除し、「勝たせたい人」を残す、という趣旨に決まっている。そういう選別を、クイズやらじゃんけんやらで行うなら分かるのだが、なまじっか「書類審査」なんかすると、「俺はウルトラクイズに選ばれた人間だ」などと勘違いするような大人が現れかねない。

 

・ウルトラクイズは、表向きだけでも「これだけの関門をくぐり抜けたんだから、誰が勝ってもいいんです」という設定でやらないと、面白さは相当減殺されると思う。キャパオーバーで参加者を絞るのなら、「抽選」という設定にすればよかったのだ。むしろその方が(早い者勝ちよりも)当世風なのである。参加させたい人にだけ参加させるウルトラクイズなど、さすがの私も期待ナッシングである。

 

・復活させるなら、ウルトラクイズではなく「夢と冒険!アメリカ大横断」みたいな方がいいようにも思うが、そういうのは今流行らないのでしょう。でも、復活ウルトラは、結局そういう方向の番組作りになるように思う。

 

・ということで、期待値は相当下がっております。せいぜい知り合いが活躍してくれれば楽しく見られるのですが。

難波潟何にもあらずみをつくし深き心のしるしばかりぞ

・別にウルトラクイズ復活!に水を差す気はないが、ここぞとばかりにウルトラクイズへの個人的な思いを語る50代が多いようなので、私もそれに乗っかって、だらだらと文章を書いてみる。以下、極めて個人的な内容に過ぎないが、この世代のクイズプレーヤーにもこういう考えの人がいる、と言うことを述べておきたい。誰かのXの書き込みみたいな長文なので、興味のない人は読まない方がよいです。

 

・私は、ウルトラクイズが昔から相当好きなのだが、なぜか挑戦者と自分を重ねたことがない。見事にない。自分が出ている姿を想像することが、全くできないのである。どんなものを見ても自分を重ねることができないタチなのだから仕方がない。だいたい、いまだに自分がグランドスラマーであるという実感が持てていないくらいなのである。

 

・だから、ウルトラクイズは昔から「見るもの」であって、「出るもの」だと思えなかった。プレステでウルトラクイズが発売されたとき、ウルトラ風の字幕で自分の氏名と出身地が画面上に出ると知ったので、これで少しは番組に出る気分が味わえるかと思ったのだが、私の名前にある「々」の字が出なかったため、全然ダメであった。

 

・ということで、ウルトラクイズ復活と言っても、何処か別の世界で起きている出来事のようにしか思えない。出場しようという気持ちは全く起きない(生活面や仕事面を別としても)。だいいち、私は自分を「(クイズ的な)ロストジェネレーション」と位置づけたことがない。むしろ「大学の時にウルトラが無くてよかったなあ」などと考えてしまう人間なのである。こういう気持ちは、共感を得られにくいので、あまり外に出したことはない。

 

・どうも私の「ウルトラクイズへの思い」は共感が得られにくいらしい。第13回準決勝とか第15回ドミニカに深く感動した、という人が我々の世代には多い。前者については「クイズ問題をたくさん聞けてうれしい」以上の思いはないし、後者については「ルールがいまいちだよなー」くらいの思いしか持っていない。当時からそうである(そもそも第15回以降のウルトラクイズは、あまり繰り返し見ていない)。

 

・何度でも書くが、私は「一般人(クイズの訓練を積んでいない人)がクイズをするところ」をテレビで見たいと考えている人間である。だから、ウルトラクイズでも「クイズの手練れが活躍する」というのがあまり好きではない。ウルトラクイズは、クイズ自体に取り組むことも冒険であってほしい。そのためには、クイズそのもの(クイズのルール、ではなく)がハードルとして働いてくれないといけない。クイズの手練れにかかると、クイズ自体は全然ハードルにならないのである。これは高校生クイズでも同じである。

 

・例えば第10回アトランタで「みおつくし」の問題を答えようか迷って結局押さなかったシーンなどは大好きな場面である。逆に迷いつつ押すような場面、例えば第10回で言うとモニュメントバレーの「さんま!」などは良いシーンだ。一般の人からすると、クイズに1問正解することはかなり大変なことなのである。そういうのが感じられるクイズが見たいのだ。

 

・だから、私が名勝負を思いつくまま列挙すると、第4回イエローストーン(の最後のほう)とか、第6回ダラス(の最後のほう)とか、第7回レイクパウエルとか、第8回ダコタ・インディアナポリス・キーウエスト・バハマとか(内野さんに外れなし)、第9回アナポリスとか、第11回バッドランド(の最後のほう)とか、第14回レバノン・エリーなどとなってくる。インディアナポリス以外は名勝負という謂を耳にすることがない。

 

・私はよく「答えてうれしい問題」という言葉を使うが、そこにはこういう背景がある。そういう意味では、やっぱり私もウルトラクイズに影響されていると言える。ただ、ウルトラクイズで素人さんが答えるならベタ問題で十分なわけだが、私の場合はクイズの手練れにとって「答えてうれしい問題」を作ろうという野望を持っているわけだから、ウルトラクイズの問題を真似してもその達成は不可能である。「強い影響は受けたが、パクることができない」、言い換えれば「近づかないことで近づける」、私にとってのウルトラクイズとは、そういう存在であり続けている。

ト、ト、トリスのハイボール!(換骨奪胎シリーズその1)

・こないだ「ドリフに大挑戦」という番組をたまたま見た。結局笑ってしまうのはドリフのコントの再放送だけで、それ以外のコーナーは(お笑い番組を批判するのは基本的に嫌いなのだが)見るに堪えないものであった。

 

・ドリフのコントは、あの5人のキャラクターありきで作られた、当て書き作品である。誰がやっても面白くなるようなタイプのものではない。

 

・修学旅行のコントは、いかりや先生だから面白いのであって、たとえば萩本先生では成立しない。ハナ肇先生なら辛うじて成立するかもしれないが、生徒がクレイジーキャッツでは成立しない(メンバーの関係性が違いすぎる)。まして呼び出し先生タナカでは成立しようはずがない。もちろん、成立しないことに関して芸人さんに責任は全くない。こういう企画を持ってきた人に問題があるのだ。心底芸人さんたちが憐れでならなかった。つーか、ドリフの番組は、すべて再放送でよい。BSフジのドリフ大爆笑で十分。

 

・ちゃんとしたコント番組が作りにくくなっている昨今、ドリフの名を冠することでスポンサーやテレビ局が制作にOKサインを出してくれるという事情が、あるのかもしれない。コント番組制作のノウハウを細々とでもつないでいくことに、一定の意味があることも当然理解できる。それでも、ドリフの名で、ドリフと似て非なるものを作ることには異を唱えたい。非常に厳しい言い方をすれば、ただ過去のネタをパクっているだけにしか見えない(特にヒゲダンスはひどかった)。「パクり」を「挑戦」とはよく言い換えたものだと思う。

 

4年前にも書いたが、一度終わった番組を復活させると、ろくなことがない。例外的なのは「タイムショック(秀ちゃんの)」だが、あれはもはや昔のタイムショックのイメージに頼っていない。①元々の番組とまったく違うコンセプトを提示し、②かつ元々の番組よりパワーアップさせ、③かつそのときの視聴者の好みに合わせることができたときだけ、番組復活はうまくいくのではないか。

 

・何が言いたいのかというと、ドリフのことではなく、とあるクイズ番組のことなのであった。「ドリフ」をすべて「ウルトラクイズ」に読み替えて、もう一度頭から読んでみるとよいでしょう。

 

・ウルトラクイズについては、もうひとつ書きたいことがあるので、のちほど。とりあえず、クイズしに行ってきます。

としをとるのはステキなことです そうじゃないですか

・そういえば、昨日、問題をアップした。が、紹介し忘れていたので、ここにリンクを貼っておきます。

 

・なんか過去問自作かぶりがありそうだが、時間がなくてチェックせずに出題した。たとえかぶっているのしても、新たに思いついて作ったのは事実なので別にいいか、という感じ。年をとるというのは、そういうことなのでしょう。いいことです。こだわりがなくなる、ということですから。でもまあ、次からはちゃんとチェックしましょう。

 

・このとき、大学生の作った問題集で遊んだのだが、そのときの感想はまた今度。

おぼえがき

・前回の書き込みでリンクを貼った問題について、読者の方から「あんな問題で正解など出るものか」的な質問があったので、忘れないうちに覚え書きとして、事実を残しておく。なお、ルールは「エンドレスチャンスとは言うものの1人1回しかチャンスはないクイズ」である。

 

この問題群のうち、完全にキャンセル(スルーとも言う)だったのは、1・9・10・14・19の5問。このうち1問目を除く4問については、正解を公開した際にそれなりのリアクションが見られた。

 

・で、誤答だけで終わってしまったのは15・17。このうち、17は理系っぽい人が途中で押して「しんしゃ」「赤」と答えてしまい、解答権を失ったことが痛かった。それ以外の13問はちゃんと正解が出ました。以上報告でした。

更新情報

・クイズの集まりに行って、ちょっとだけ出題してきたので、アップする。

 

・ボツの問題とそうではない問題の違いは、自分でもよくわからないが、強いていえば「刺さる人数が少ないか多いか」というところでしょう。といっても、微々たる差だろうが。

Yes,I'm the wild one!

問題を更新しました。ボツ問題です。作題した本人もさほど良問だと思っていない問題がほとんどですが、他人の評価を気にせず、勝手にクイズ問題を公開する人も世の中には一定数存在するのだ、ということを体現するためだけに公開しています。

 

・決して統一感など求めない、お行儀のよくない問題群だとは認識していますが、なにぶん当方は「形が整うこと」「ちゃんとすること」が苦手なもので。